映画「教皇選挙」について (ネタバレ有り)
教皇選挙を観てきました。というわけで、思ったことを少し書き散らしてみます。一応カトリックを信じている者として、キリスト教やカトリックについてはある程度勉強しているつもりですが、いろいろな意味で至らぬ点もあるかもしれません。ご容赦ください。
まず印象に残ったのは、首席枢機卿のローレンス。名前はトマス。まさにその名の通り「疑念」の人だなあ…と。特にコンクラーベが始まる日に彼が語った言葉からもその性格が強く伝わってきました。個人的にはとても好感を覚えるキャラクターでした。
イエス様の弟子のひとり、トマスもまた疑い深い人物で、イエス様が十字架で亡くなり三日後に復活した際にも傷に指を入れるまで復活を信じなかったエピソードはよく知られています。映画でもそんな「疑う人」だというのを意識して、彼にこの名を与えたのかもしれません。また、終盤もし彼が教皇に選ばれたなら「ヨハネ」と名乗りたいと何故言ったのかは、なかなか考察が深まりそうな要素です。なぜその名を選んだのか、その真意は何だったのか……。
前教皇については「恐ろしい人」という印象が強く残りました。すべてが彼の手のひらの上で進んでいるように見え、「教皇はチェスで常に八手先を読む」というセリフが、特にそれを象徴しているように感じます。
特にトランブレとアデイエミの問題は、前教皇が二人を共倒れさせるために仕掛けた策略だったのかなあ…と。アデイエミと関係があったシスターの異動は、おそらく前教皇の差し金でトランブレが行動させられていたように感じました。「知らなかった」というのは本当のことだったように思います。他の枢機卿たちへの買収工作などは、トランブレ自身の独断だったのでしょうけれど。
アデイエミについては…個人的には、そこまで悪い人には見えませんでした。
初代教皇ペトロは妻帯者だったにもかかわらず、現在のカトリックでは司祭に独身であることが求められています。その背景の一つには、中世における修道院での独身修道士たちの評判の良さが影響していると学びました。
個人的には「産めよ増やせよ地に満ちよ」という聖書の一節がありながら、神に仕えるがゆえに結婚や子どもを持つ自由が認められないことには、少し矛盾を感じる時があります。
…急に話が逸れたようですが、もし司祭に結婚が許されていたとしたら、劇中の彼の姿を見た限りの印象では彼はシスターと幸せに信仰のうちに生きることができたのではないかと思ってしまったのです。劇中で二人の関係について詳しくは語られなかったため、あくまで想像にはなりますが…。
そしてベニテスについてですが、最後に明かされる真実は衝撃的なものでした。比較的リベラルな立場のローレンスですら、深刻な表情を浮かべるほど。カトリックの保守性を大きく揺るがす出来事でした。
現実の教皇フランシスコもリベラルな考えを持つ人物と評されていますが、同性愛などに一定の理解を示しつつも、教義の根幹に関わる部分についてはとても慎重に線引きを行っています。それほどまでに、非常にセンシティブな側面を持っています。
映画のベニテスは、教皇就任後に自らの秘密を公表するかもしれません。彼が尊敬するローレンスが劇中でそうしたように。そのとき教会はどうなるのか……続きが気になってなりません。
長々と書き連ねてしまいましたが、本当に素晴らしい映画でした。帰宅してからも、これからのカトリック教会のあり方について深く考えてしまいました。実際に教皇様が帰天され、コンクラーベが近づいている今、教会がより良い方向へ進んでいくためには何が必要なのか……。一信徒として、思いを巡らせています。
2025-04-27