『国宝』を観て、そして読んで
「あなた、歌舞伎が憎くて仕方ないんでしょう。でもそれでいいの、それでもやるの」
田中泯演じる小野川万菊が、横浜流星演じる大垣俊介との稽古の最中、その様子を見ていた主役・吉沢亮の立花喜久雄をちらりと一瞥した後に放った台詞です。とても心に残る名場面でしたが、どこか一つ腑に落ちない感覚が残りました。
一見するとこの台詞は俊介に向けた指導のように映りつつ、実は喜久雄にも発破をかけるようなニュアンスを含んでいました。ですが、確かに喜久雄は当時不遇の時期を過ごしていたとはいえ、「憎くて仕方ない」とまで言えるかどうか…。うまく言えないけれど、「憎しみ」よりも別の感情のような気がして。その違和感の正体が、原作を読んでようやく腑に落ちたのです。台詞に初めて血が通ったように感じました。
3時間の大作映画とはいえ、上下巻どちらも約400ページに及ぶ原作のすべてを収めることはできないでしょう。だからこそ、物語をうまくまとめてあり、しっかりと凝縮されていたと思います。ただ、映画だけでは腑に落ちない台詞や場面もいくつかありました。しかし、それらも原作を読み進めるにつれ、少しずつ意味がつながっていきました。
「ああ、このシーンとこのシーンを一つにまとめてあるのだな」「なるほど、この台詞はここで使われたのか」――そんな気づきが積み重なっていきました。さらに彼らが演じる演目ごとの物語についての解説も入っているので、歌舞伎をあまり知らない私でも、場面ごとにリンクする演目を噛みしめながら物語を進めていくことができました。
映画『国宝)』は何より「喜久雄」の物語だったのだなと、原作を読み終えてからしみじみと感じました。映画としては、その絞り込みが正解だったように思います。脇の人物たちの物語まで拾ってしまえば、主題がぼやけてしまっていたかもしれません。
一方で、原作はもっとスケールの大きな物語でした。「喜久雄」ではなく、「芸の道を進み続ける者」の話というか。まったくの別物というわけではないけれど、それに近い広がりを感じます。
どちらも、それぞれに紛れもない傑作でした。
2025-09-02