「自分」であり続けるための変化
先日、平沢進さんがSNSで行っていた質疑応答の中に、深く心に残る一節があった。
「自分を好きになれそうにない欠点ばかりが思い浮かぶ」という悩みに対して、彼はこう答えていた。
「それは考えているのではなく、比較しているのではないかい?」
「あなたが“自分以外の誰か”でないことが、あなたの長所の出発点でありゴールです」
この言葉は、私が彼の楽曲『アディオス』に抱いていた解釈を、よりくっきりと支えてくれるものだった。「荒んでもキミはまだキミ」――この一節には、どんな状況にあっても、他者の評価や社会の基準がどうであれ、その存在の核は揺らがないという、深い信頼が込められているように感じていたからだ。
そんな「絶対的な自分」という視点に立ったとき、ふとルルティアさんの『ロスト バタフライ』の歌詞が、あらためて鮮やかに響いてきた。
「変われるから 君は君で 在り続けるのさ」
蝶がさなぎを脱いで羽ばたくように、変化とは自己を失うことではなく、むしろ内に秘めた本質を外へと開いていく、美しく力強いプロセスなのだと思う。
変わることが怖いのは、その先でまた誰かと比べられてしまうのが怖いからかもしれない。でも、自分であることが出発点でありゴールだとしたら、変化はただの「形のうつろい」にすぎない。
そして、この旅路の先を祝福するように、中島みゆきさんの『最後の女神』は力強く歌いかけてくる。
「心は変わる 誰もが変わる
変わりゆけ 変わりゆけ もっと好きになれ」
あなたがどのような存在だとしても、その存在の核は揺らがない(アディオス)。だから変わることを恐れずに前に進み(ロスト バタフライ)、そしてその変化した自分を、過去の自分さえも超えて愛していく(最後の女神)。
全く違う音楽性を持つ三つの楽曲が、私の中で一本の道のようにつながった。
平沢さんは最後に「簡単でしょ?」とさらりと結んでいた。たしかに、難しく考えすぎているのかもしれない。
ただ、自分が“自分以外の誰でもない”ということ――その当たり前を受け入れることが第一歩なのだと思う。